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自らの手で面白い本を〈妙蓮寺 中岡 祐介〉(後編)

人物百景、第16話目は、
「株式会社 三輪舎」代表取締役「中岡 祐介」さんです。

名前:中岡祐介
プロフィール:1982年生まれ、大学卒業後、TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社CCC株式会社(TSUTAYA)に入社、7年間のに渡る会社員経験を経て、2014年に出版社である株式会社三輪舎を創業。2020年2月に起ち上げと監修を行った本屋・生活綴方では、監修としてイベントや展示の企画をおこなうかたわら、書籍の企画・編集から印刷・製本・販売まで、全ての工程を行っている。

前編こちらから

どうして「三輪舎」?

酒井:「そもそも三輪舎の名前の由来は、どこから来たんですか?」

「尊敬する編集者で『暮らしの手帖』を起ち上げた花森安治さんが書いた『一銭五厘の旗』という、詩のような文章があるんです。

 

 

一銭五厘は、当時の葉書の値段なんですけど、

 

“お前の代わりは、一銭五厘(当時の葉書1枚の料金)払えば来る”と戦争中に言われていたんです。

 

でも残念ながら、戦争が終わっても状況はたいして変わっていなかった。

花森さんは虐げられた人々とともに豊かな暮らしをつくっていこうという思いで

ぼろ布で作った、“一銭五厘の旗”を掲げて

“これから私たちが世の中を変えていくんだ”というわけです。

自分もそのような事を言われた経験があったので、その詩からインスピレーションを受けて『一銭五厘舎』にしようと思っていたんです。でも社名にしてはちょっと長いな、と思って……

そこでふと、小さい頃に“ぼくは三輪車の運転者になる”と言っていたことを思い出し、

 

三輪舎って、良い響きだなと思って。

 

あと出版社は自転車操業と言われているけれど、三輪車ならゆっくりでも倒れないっていう意味合いもつけてね」

「おそくて、よい本」

酒井:「三輪舎を開業するまで、本の製作は全く未経験ということですよね。本の作り方はわかっていたんですか?」

「今の三輪舎のモットーである“おそくて、よい本”につながるんですけど、経験や技術がゼロでも、

 

とにかく時間をかければ良い本ができるんじゃないか

 

という仮説で始めたんです。一冊目は、構成を考えて作家さんに書いてもらって、InDesignというソフトで文字を組んで、印刷は印刷会社にお願いして……

なんとか本が一冊出来たんです。やってみたら本作りって、やることは意外とシンプルだということがわかりました。

三輪舎の代表作『本を贈る』

三輪舎を開業したころ子供が産まれたこともあって、三輪舎で最初に作った2冊は子育ての本なんです」

酒井:「あ、僕の読んだ本です! あの本を読んで、子どもとの時間を増やしました」

「いい話ですよね。大人にとっては何気ない時間が、子どもにとっては父ちゃんと過ごした特別な時間になってるって……

実際に本を2冊作ってみて、自分が足りてない点も自覚したけれど、少なくとも 

自分は本を作れるんだという自信はつきました」

本屋・生活綴方の出版部が製作している『点綴』

酒井:「最初に本を作るのは、どれくらいの時間がかかりましたか?」

「2014年の5月に著者に声をかけて、12月に出来たので半年くらいかな。その次は1年くらいかかりました。

 

そして3冊目の装丁で、矢萩多聞さんとの出会いがありました。

彼を通していろんな人と出会ったり、彼も一緒にやりたい出版社として三輪舎の名前を出してくれたり、波長が合うなって感じたんです。

 

リソグラフが面白いということも彼に教えてもらいました。

本屋・生活綴方の奥にあるリソグラフ

その頃、ちょうど自分の中でも本作りに対してこれでいいのかと疑問を持ち始めた時期でした。

出版って、やろうと思えばパソコンひとつで完結してしまいます。

でも、そういう作り方をしていては自分が作りたいと思う“手触りのある本”は作れないと思っていたんです。

そうやって悩んでしまって、2017年は1冊も本を作れませんでした。

再起をかけて、2018年に4冊目の『つなみ』という、インドの手作り絵本を出しました。

南インドのチェンナイにある、世界で最も美しい本をつくると評されるタラブックスの本の日本語版です。

もともとがシルクスクリーン印刷かつ手製本なわけですから、日本語版も同じように同じ場所でつくります。

その印刷工房を見学するために、矢萩多聞さんと一緒にインドに行きました

様子を見せてもらって、

 

やっぱり手を動かさないとダメだ

 

と感じました。

本は手で持って、ページをめくるものですし、書かれる内容もそうやって読むことを前提にしている。

とてもあたりまえのことなんですが、やっと気づいたんです。

そこから考え方が変わってきて、1~2冊目は自宅マンションで作っていたんですけど、

 

まちで本を作りたい

 

と思い始めたんですよね。その1年後くらいに石堂書店さんのお話を頂いたので、いいなって思ったんです」

当時、石堂書店さんとの打合せ風景。改装前の本屋の二階。

酒井:「石堂さんのプロジェクトに関わって頂いたのは、そんな時期だったんですね……独立して出版も順調な時期かと思っていました」

「いえいえ、そんな順調な時期ではなかったですよ。

三輪舎の代名詞ともいえる5冊目の本『本を贈る』を出版して、三輪舎の土台がやっと出来てきた頃です。そして『ロンドン・ジャングルブック』というインドの絵本を出版したあと、妙蓮寺に移ってきました」

 

酒井:「中岡さんと三輪舎の変革の時期だったんですね」

石堂書店2階に移転した頃の、三輪舎の事務所

妙蓮寺での新しい挑戦

酒井:「石堂書店2階をコワーキングスペース(本屋の二階)にリノベして、その後クラウドファンディングを行って、石堂書店の別館だった場所(現在の本屋・生活綴方)もリノベ案がいくつか出ましたよね」

コワーキングスペース 本屋の二階

「本屋・生活綴方のスペースも、当初は本をお預かりして販売するという案があったけど、ぼくにはビジネスとしても本屋の役割としてもうまくいくイメージが持てなかったんです。

その中で石堂書店や、街全体の未来を考えた結果、

 

ここで、新しい本屋をやった方が良いという結論に行き着きました。

 

出版業界全体の売上が下がっていく中、石堂書店単体だけでは、劇的な改善は見込めないので、本屋・生活綴方では、あえて本店の石堂書店では扱いづらい本、例えば詩集やアートを中心とした選書にして

 

今まで石堂書店に来なかったお客様を呼ぼうと考えたんです。

 

改装中の本屋・生活綴方(これでもだいぶ片付けたあと)

そして本屋・生活綴方も、“単純に本を売る場所”ではなく、

 

本を書いたり(綴る=つづる)、作る(綴る=とじる)こともできる場所にしたいと思って『綴』という字を入れたんです。

 

 

当初から、アーティスト・イン・レジデンスのように、作家がここで滞在制作するようなお店にしたい、と思っていました」

 

2022年5月はタイパンツの展示を行っていました

酒井:「では、最初からここで本を作ることは見えていたんですね」

「見えてましたね。それがどれだけの売上になるかはわからなかったけれど、少なくとも

誰かがここで何かを作っていれば、ここは魅力的な場所になると思っていました。

 

今の本屋・生活綴方の店番制度も、お店に来てくれてたお客様から 

“お店番って、どういう仕組みなんですか?私もできますか?”

という感じで声をかけてくれて、今の店番制度になったんです。

 

その繋がりで現店長でベテラン書店員である鈴木雅代さんからメッセージきて、店番をやらせてくれないかと。

ちょうど僕も、石堂さんと自分だけでは手が回らないから、任せられる人が必要だと思っていたし、鈴木さんの仕事ぶりにも感動して、

店長の鈴木さん 笑顔が素敵です

僕の仕事を引き継いでくれたら嬉しいと話したら、鈴木さんも快く受けてくれて……

今ではなくてはならない存在になっています」

中岡さんの1日

コーヒーを豆から淹れる
子どもたちを駅まで送る
お気に入りのプロンプトンの自転車を漕いで通勤
旧綱島街道のなだらかな下り坂を通るときが気持ちよくて好き
出社後 午前メールの返信・発送作業など事務作業
    午後午後は預かっている原稿の校正作業
石堂書店の仕事や、綴方のイベントの企画など
17:30頃子どもたちを学童にお迎えに
18:30頃家について晩ご飯・お風呂・
子どもたちを寝かしつけたあと仕事を再開
24:00頃就寝

リソグラフの導入

「鈴木さんが、棚のディレクションをしてくれるようになって、僕の手が少し空いたので、出来た余白で何をやろう?と思った時に、

 

“そうだ!ここで本を作ろう!”と思って。

 

リソグラフの初号機は、松栄さんが寄付してくれたんですけど、黒一色しか刷れなかったので、その後、多色刷りができる2号機を導入し直したんです。そしたら、とても良くなりました」

リソグラフ初号機、搬入の様子

このリソグラフがあれば、妙蓮寺に来る人の顔ぶれが変わると思ったし、

実際、変わったと思います。ここに来れば誰でも本が作れるようになりましたからね」

酒井:「中岡さんは、昔から言ってますよね。作家さんだけじゃなく、誰でも表現をするべきだって」

 

「そうそう。文章でも絵でも写真でも、みんな何かしら表現をした方が良いんですよ。

その方が、世の中が良くなると思うんです。

そんな時、自分たちでお試しができるように、この機械があるんです。自分で描いたものを、刷ったり、切ったり、綴じたりして、手を動かすことが1番大切なんです」

本屋・生活綴方の奥での製本作業

酒井:「自分で本を作れる環境が、妙蓮寺にあるのがすごいですよね」

 

「今後は本を作るワークショップとか、子どもたちが書いた絵や文を自由に本にすることもやっていきたいです」

リソグラフは、1色ずつ色を重ねていく印刷

 

本作りは贈り物

 

酒井:「最後に、中岡さんが本作りで大切にしていることは何ですか?」

 

「そうですね……

今は本を作って売っていますが、極論を言ってしまえば“本を売ること”が目的ではないんです。

本を作ったり売ったりすることは、

 

たまたま受け取ってしまった素晴らしい贈りものを、じぶんのところに留めておくだけではもったいないから、別のひとに贈る

 

ということだと思うんです。

本だけでなく、そもそも商売ってそういうことかもしれませんけど。

 

だから本作りって、実は贈り物をつくっているのかな、って。

 

 

そういう気持ちで、本を作っています」

 

酒井

中岡さん、ありがとうございました!

編集後記

三輪舎さんが石堂書店2階に移転したあと、私がフラっと弁当を持って訪ねて、ゴハンを一緒に食べたりしていました。

そのときに、保育園の子どもたちの声や、八百屋のかけ声、ワンちゃんの鳴き声など、街の音が聞こえる場所で、中岡さんが仕事している姿を見て、「この人は、地に足がついた仕事をしているな」と思ったのを覚えています。

 

そんな中岡さんの日常から『おそくて、よい本』が生まれるんだな、と感じたインタビューでした。

会社情報

会社名株式会社三輪舎
代表者中岡 祐介
創業2014年1月24日
事業内容書籍の企画・編集・販売
ウェブサイトhttp://3rinsha.co.jp